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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)61号 判決 1996年5月14日

アメリカ合衆国、テキサス75006、カーロルトン、エレクトロニクス ドライブ 1310

原告

エスジーエスートムソン マイクロエレクトロニクス インコーポレイテッド

同代表者

デニス コンサルブス

同訴訟代理人弁理士

小橋一男

小橋正明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

吉野日出夫

今野朗

湯原忠男

及川泰嘉

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第16512号事件について平成4年12月24日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「半導体装置の製法」とする発明について、アメリカ合衆国において1977年1月26日にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和53年1月26日特許出願をし(昭和53年特許願第6795号)、昭和56年8月7日特許法44条1項の規定により分割して新たに特許出願をし(昭和56年特許願第123141号)、昭和62年1月29日特許法44条1項の規定によりさらに分割して新たに特許出願をし(昭和62年特許願第17429号、以下「本願発明」という。)、平成3年2月27日発明の名称を「半導体装置の製造方法」と補正したところ、同年4月9日拒絶査定を受けたので、同年8月20日査定不服の審判を請求し、平成3年審判第16512号事件として審理された結果、平成4年12月24日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成5年1月20日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

2  本願発明の要旨

(a)半導体基板表面上に酸化物絶縁層を形成する工程と、

(b)上記酸化物絶縁層の選ばれた部分にポリシリコン層を形成する工程と、

(c)上記ポリシリコン層をマスクとして使用して上記酸化物絶縁層の一部を選択的にエッチングして取り去り、それによって上記酸化物絶縁層によって前以て被覆されている上記半導体基板の表面部分を露出させ、そしてその際上記ポリシリコン層の周辺縁の下にある上記酸化物絶縁層の一部を横方向にエッチングすることによって上記ポリシリコン層を一部分アンダーカットし、そのアンダーカットの深さが上記酸化物絶縁層の厚さ以上である工程と、

(d)上記露出された半導体基板の表面部分を通して上記半導体基板中にドープ剤を拡散する工程と、

(e)上記半導体基板を酸化性雰囲気に露出させて上記ポリシリコン層の周辺縁と横方向アンダーカット領域に隣接する上記露出された半導体基板の表面部分の両方を酸化し、基板酸化物成分及び周辺縁ポリシリコン層酸化物成分が酸化性雰囲気に応じて拡張しかつ成長するとき、上記横方向アンダーカット領域が上記両酸化物成分で充填される工程と

を含む半導体装置の製造方法(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和51年特許出願公開第118392号公報(以下「引用例」という、別紙図面2参照)には、以下の事項が記載されている。

「一導電型例えばP型半導体基板1上に一様に熱酸化法により約7000Aのフィールド酸化硅素膜2を形成し(a)、通常の写真食刻技術で選択的に開口部を形成し前記基板を露出させる(b)。該露出した基板上に1000~1500Aのゲート酸化硅素膜4を熱酸化法により形成し(c)、さらに、約4000Aの多結晶硅素膜5を全面に一様に形成する(d)。通常の写真食刻技術により該多結晶硅素膜5を選択的に除去しゲート電極6を形成する(e)。7はたとえば他のトランジスタのゲート配線である。つぎにこうして残された多結晶硅素膜5よりなる電極6、配線7をマスクとして前記ゲート酸化硅素膜4を緩衝弗酸溶液で選択的に除去し、前記基板を露出する(f)。しかる後、基板と反対導電型不純物層を形成し、ソース、ドレイン領域8、9とする。

熱酸化法および、CVD法により二酸化硅素膜10を形成した後、基板および多結晶硅素膜とのコンタクトホールを形成し、アルミニウム等の導電体層11、12、13、14で配線してMOS型半導体装置を構成する。」(1頁右下欄1行ないし20行)

「 しかるに、かかる製造法においては、ゲート酸化膜4を多結晶硅素膜5をマスクとして食刻する際にフィールド酸化膜2も同時に食刻されるのでフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7の直下は第1図(f)に示すようにオーバーハング15、16の状態になる。」(2頁左上欄1行ないし6行)

「 その後熱酸化した状態を第2図(b)に示す。ゲート酸化膜4部分ではシリコン基板1と配線7の両方からほぼ同一速度で成長し、Y/2以上の酸化膜4'が成長し、オーバーハング15はなくなる。」(2頁左上欄17行ないし右上欄1行)

(3)  そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例の「オーバーハング」が本願発明の「アンダーカット」に相当することは明らかであり、また、引用例のソース、ドレイン領域8、9がドープ剤の拡散によって形成されるものであることは、その特許請求の範囲の記載からみて明らかであるから、両者は、

「(a)半導体基板表面上に酸化物絶縁層を形成する工程と、

(b)上記酸化物絶縁層の選ばれた部分にポリシリコン層を形成する工程と、

(c)上記ポリシリコン層をマスクとして使用して上記酸化物絶縁層の一部を選択的にエッチングして取り去り、それによって上記酸化物絶縁層によって前以て被覆されている上記半導体基板の表面部分を露出させ、そしてその際上記ポリシリコン層の周辺縁の下にある上記酸化物絶縁層の一部を横方向にエッチングすることによって上記ポリシリコン層を一部分アンダーカットする工程と、

(d)上記露出された半導体基板の表面部分を通して上記半導体基板中にドープ剤を拡散する工程と、

(e)上記半導体基板を酸化性雰囲気に露出させて上記ポリシリコン層の周辺縁と横方向アンダーカット領域に隣接する上記露出された半導体基板の表面部分の両方を酸化し、基板酸化物成分及び周辺縁ポリシリコン層酸化物成分が酸化性雰囲気に応じて拡散しかつ成長するとき、上記横方向アンダーカット領域が上記酸化物成分で充填される工程と

を含む半導体装置の製造法」

である点で一致し、ただ、アンダーカットの深さが、本願発明においては、酸化物絶縁層の厚さ以上であるのに対し、引用例記載の発明においては、それがどの程度であるのか不明である点で、両者は、相違している。

(4)  しかしながら、ポリシリコン層をマスクとして酸化物絶縁層の一部を選択的にエッチングする場合に、その部分の酸化物絶縁層を完全に除去しようと心掛けることは、後に実施する拡散領域の形成を確実に行うための当然の技術的配慮であり、そのために、過剰にエッチングを行うことは、これまた当然のことである。

しかも、このような配慮は、すでに引用例に示唆されていることでもある。なぜなら、引用例には、「第2図(a)に示すようにゲート酸化膜4およびフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7のオーバーハング15、16のサイドエッチング量Xはほとんど同じであるが、深さ方向はゲート酸化膜4の部分ではシリコン基板1が食刻に対するストッパーとなり、ゲート酸化膜厚Y以上に食刻されないが、フィールド酸化膜2は、ゲート酸化膜厚より厚くZまで食刻される。」(2頁左上欄10行ないし17行)と記載されており、このことは、ポリシリコン層をマスクとして行われる酸化物絶縁層のエッチングが、引用例記載の発明においても過剰に行われていることを明瞭に示しているからである。

そして、過剰にエッチングを行えば、アンダーカットの深さが酸化物絶縁層の厚さ以上になることは明らかであるから、相違点における本願発明の構成は、当然の技術的配慮を単に明示した程度のことであり、そこに格別の創意工夫が存するものということはできない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認める、(3)のうち、本願発明と引用例記載の発明の対比及び相違点の認定は認めるが、一致点の認定は争う、(4)のうち、引用例の記載は認めるが、その余の判断は争う、(5)は争う。

審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認したため、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤り、さらに、相違点に対する判断を誤り、かつ本願発明の奏する顕著な作用効果を看過し、その結果、本願発明が引用例記載の発明から容易に発明することができると誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

イ.審決は、引用例に、本願発明の「(e)上記半導体基板を酸化性雰囲気に露出させて上記ポリシリコン層の周辺縁と横方向のアンダーカット領域に隣接する上記露出された半導体基板の表面部分の両方を酸化し、基板酸化物成分及び周辺縁ポリシリコン層酸化物成分が酸化性雰囲気に応じて拡張しかつ成長するとき、上記横方向アンダーカット領域が上記両酸化物成分で充填される工程」が記載も示唆もされていないのにかかわらず、引用例記載の発明はこれを含むもので、上記(e)工程において、本願発明と引用例記載の発明とが一致すると認定したが、これは、以下に述べるように誤りである。

(ⅰ)引用例には、その第1図(a)~(g)に示される従来技術の説明において、「熱酸化法および、CVD法により二酸化硅素膜10を形成した後、」(1頁右下欄16行ないし17行)、「その後熱酸化した状態を第2図(b)に示す。」(2頁左上欄17行ないし18行)、「さらにCVD法で二酸化硅素膜を形成後もこの段差は縮少されない。」(2頁右上欄5行ないし6行)と記載されている。

この第1図(a)~(g)に示される方法は、二酸化シリコン膜10を形成する場合に「熱酸化法および、CVD法により」と記載されているから、それは、熱酸化法とCVD法の両方法を使用することを意味しており、特に第2図(a)、(b)に関連する上記記載には、最初に「熱酸化法」で熱酸化し、次いで「CVD法」を使用する逐次的なプロセスによって二酸化シリコン膜10を形成すると記載されている。

また、第2図(a)に示される構成の熱酸化した状態が、第2図(b)に示されるとしているが、基板1はシリコン(単結晶シリコン)であり、配線7もシリコン(多結晶シリコン)であるから、これらを熱酸化した場合には、そのシリコンの表面の外側と内側にほぼ同じ厚さの二酸化シリコン膜が形成されるはずである。すなわち、基板1及び配線7は元の表面の内側にも酸化膜が形成されるので、基板1及び配線7の表面近くの面の内側部分が消費されて酸化膜の厚さの半分が変換されるはずである。ところが、第2図(a)と(b)とを比較すると明らかなように、熱酸化を行った後においても、基板1及び配線7の形状は全く変化しておらず、そのどの部分にも熱酸化によって消費され酸化膜に変換された状態は示されていない。むしろ、第2図(b)に示されている酸化膜4及び10は、基板1及び配線7の表面上に被着(堆積)されて形成された状態が示されている。

(ⅱ)引用例には、第2図(b)は熱酸化した状態のものであると記載されているが、第2図(b)に示される二酸化硅素膜10は第1図(g)にも示されているとおり、熱酸化法及びCVD法によって形成されたものであるから、第2図(b)に関する上記記載と第2図(b)に図示されている内容とは矛盾しており、第2図(b)に示される二酸化硅素膜10は熱酸化法によって形成されたものとはいえない。

(ⅲ)引用例には、「ゲート酸化膜4部分ではシリコン基板1と配線7の両方からほぼ同一速度で成長し、Y/2以上の酸化膜4’が成長し、オーバーハング15はなくなる。」(2頁左上欄18行ないし右上欄1行)と記載されているが、シリコン基板1及び配線7の両方からY/2以上の酸化膜4’を成長させても、シリコン基板1及び配線7の元の表面から各々Y/4しか成長せず、合計してもY/2にしかならず、オーバーハング15が酸化膜で充填されることはない。それが充填されるというのは、むしろCVD法による被着形成と考えられる。

ロ.以上(ⅰ)ないし(ⅲ)に述べるように、引用例は記載が矛盾しており、第2図(b)に示された酸化膜10及び4は、当業者からみると、熱酸化法によって形成されたものではなく、CVD法によって被着形成されたものであることが明らかであるから、上記審決の認定は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)

イ.アンダーカットについての判断の誤り

審決が、相違点に対する判断において、引用例の記載に基づいて、「このことは、ポリシリコン層をマスクとして行われる酸化物絶縁層のエッチングが、引用例記載の発明においても過剰に行われていることを明瞭に示しているからである。そして、過剰にエッチングを行えば、アンダーカットの深さが酸化物絶縁層の厚さ以上になることは明らかであるから、相違点における本願発明の構成は、当然の技術的配慮を単に明示した程度のことであり、そこに格別の創意工夫が存するものということはできない。」と判断したのは、以下に述べるように誤りである。

はじめに、過剰エッチングは、それ自体本願明細書(平成3年2月27日付け手続補正書添付の明細書21頁2行ないし16行)にも記載されているように、本出願以前から通常に実施されていたことであり、これ自体に本願発明の特許性を求めるものではない。従来行われていた幾らか過剰なエッチングを実施すると、アンダーカットが発生し、それが従来種々の問題の発生原因となっていた。たとえば、過剰エッチングにより横方向に深く入り込んだアンダーカットが発生し、そのアンダーカットが完全に充填されないために、ゲートと基板との間において短絡を発生する等の問題が生じていた。したがって、従来技術においては、アンダーカットの大きさは自ずと限定的にならざるを得なかった。

それに対して、本願発明は、最後の工程(e)において、アンダーカットを熱酸化によって成長形成される酸化物によって完全に充填する構成としたので、その前段階における工程(c)において、アンダーカットの厚さが酸化物絶縁層の厚さ以上のものであっても、そのアンダーカットを熱酸化によって成長形成される酸化物によって完全に充填することが可能である。したがって、本願発明においては、アンダーカットの大きさを酸化物絶縁層の厚さ以上の任意の大きさに設定することが可能であり、このことは、次の工程(d)においてのドープ剤を基板中に拡散させる工程を、より確実に実施することを可能としている。本願発明において、アンダーカットの深さを酸化物絶縁層の厚さ以上に設定するということは、その後の工程(d)におけるドープ剤を基板に拡散させる工程、及び、工程(e)における熱酸化により成長形成される酸化物によってアンダーカットを完全に充填するという工程と相まって初めて意味あるものとなっており、何ら関連する条件もなしに無闇に過剰エッチングを行うことを意図するものではない。

一方、引用例には、「第2図(a)に示すようにゲート酸化膜4およびフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7のオーバーハング15、16のサイドエッチング量Xはほとんど同じであるが、深さ方向はゲート酸化膜4の部分ではシリコン基板1が食刻に対するストッパーとなり、ゲート酸化膜厚Y以上に食刻されないが、フィールド酸化膜2は、ゲート酸化膜厚より厚くZまで食刻される。」(2頁左上欄10行ないし17行)と記載されていることから、引用例においても、過剰エッチングが行われていることが明瞭に示されていると認定しているが、上記記載は、過剰エッチングの現象を説明しているにすぎず、ましてや、そのような過剰エッチングを引用例記載の発明の製造方法の一工程として使用することが記載されているものではなく、むしろ、その場合には、フィールド酸化膜と配線端部との間にアンダーカット16が残存されて導電層17の断線等を発生する欠点を有するものとして記載されている。すなわち、引用例では、このような過剰エッチングを行うことは欠点であるとが記載されているのであり、半導体製造装置の製造方法の一工程として実施することを記載するものでも示唆するものでもない。

したがって、単に、過剰エッチングを行うことが公知であったとしても、そのような過剰エッチングが本願発明の特定の技術的課題を解決するために有効であるという認識が当業者にとって容易に想到し得たものでなければ、本願発明は当業者が容易に想到可能なものであったとはいえない。ましてや、引用例においては、過剰エッチングによって問題が発生することが記載されているのであり、それに対して、本願発明はそのような欠点とされる事項を発明の構成要件の一要素として取り込むものであるから、引用例記載の発明から当業者が容易に想到可能であったとはいえない。

ロ.目的の看過

本願発明と引用例記載の発明との目的を対比すると、本願発明は、ゲートと基板との間に短絡を発生することのない半導体装置の製造方法を提供することを目的とするものであるのに対し、引用例記載の発明は、フィールド酸化膜と配線との間にアンダーカットが発生することを防止し、金属層のパターン幅が細くなったり断線を発生することのない半導体装置の製造方法を提供することを目的とするものである。

このように、本願発明と引用例記載の発明とでは、その目的が全く異なっているから、当業者において、引用例記載の発明におけるアンダーカットの深さを酸化物絶縁層の厚さ以上になる構成とすることは、容易に想到し得たことではない。にもかかわず、審決は、両発明の目的の異同についての検討、及びこのように異なる目的を有する引用例記載の発明からどうして本願発明を容易に想到することが可能であったかの理由を示していない。

(3)  取消事由3(作用効果の看過)

イ.本願発明と引用例記載の発明の作用効果を対比すると、本願発明は、熱酸化によって、以下に述べる種々の作用効果を奏する。

(ⅰ)アンダーカットは、熱酸化膜によって完全に充填されるので、ゲート端部に空隙等のボイド(空隙のこと)が発生することが回避され、したがって、ゲートと基板とは完全に熱酸化膜によって電気的に分離され、十分な耐熱強度が与えられるので、両者間に短絡が発生して装置を損傷することを防止できる。

(ⅱ)CVD法による酸化物と比較すると、熱酸化膜は、組成が緻密であり、かつ、固定電荷密度及び界面トラップ密度(酸化膜中または酸化膜と半導体との境界に、半導体装置としての特性を損なう電荷またはトラップされた電荷の密度)が低く、ダングリングボンド(半導体の特性に影響を与え易い、シリコン原子の電子を捕獲結合する手)が少なく、従来装置に比べて信頼性の向上した半導体装置を提供できる。

(ⅲ)本願発明は、工程(e)を有するから、その前のエッチング工程(c)において、アンダーカットの深さをゲート酸化膜の厚さ以上に設定することが可能であり、エッチング処理に余裕が与えられ、方法の実施が簡単化される。

一方、引用例記載の発明は、ゲートと基板との間のアンダーカット領域を熱酸化膜によって充填するものではないから、本願発明のような作用効果を奏しない。また、引用例には、「Y/2以上の酸化膜4’が成長し、オーバーハング15はなくなる。」(2頁左上欄20行ないし右上欄1行)と記載されているが、Y/2の酸化膜4’が成長してもアンダーカット領域が充填されることはないことは、当業者に明らかである。

ロ.このように、審決は、本願発明の作用効果を看過した。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の誤りはない。

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

イ.原告は、引用例記載の発明の技術内容の誤認を主張し、(ⅰ)ないし(ⅲ)を挙げるので、これについて述べる。

(ⅰ)シリコンを熱酸化した場合には、その表面の外側にほぼ同じ厚さの二酸化シリコン膜が形成されるはずであるのに、引用例の第2図(b)にはこれが示されていないとの点については、特許出願の際に添付する図面には、設計図面のような精密さ、正確さは必ずしも求められておらず、さほど重要でない部分の省略、理解を得易くするための多少の誇張は当然許されるものである。第2図(b)では、アンダーカット領域を充填するのに必要な表面上の酸化物が誇張して表現され、アンダーカット領域の充填に何ら寄与しない表面下の酸化物が省略されたものと考えられる。

(ⅱ) 引用例記載の発明においても、アンダーカット領域に存する酸化物は、熱酸化によって成長形成させたものであって、このことは、引用例に、「その後熱酸化した状態を第2図(b)に示す。」(2頁左上欄17行ないし18行)と記載されていることからも明らかである。

さらに、その酸化物が熱酸化により成長形成させたものであることは、その後段の「しかし、フィールド酸化膜2上に成する酸化物2’の成長速度は遅いので、いぜんとして、オーバーハング16’は存在し、かつ、段差tはゲート酸化膜2(4の誤記である。)上での段差より大きくなる。」(2頁右上欄1行ないし5行)からも明らかである。なぜなら、酸化物をCVD法により形成した場合には、フィールド酸化膜2上に成する酸化物2’も他の部分に成する酸化物と同様、同じ厚さに形成されるはずであるからである。

そして、引用例には、「ゲート酸化膜4部分ではシリコン基板1と配線7の両方からほぼ同一速度で成長し、Y/2以上の酸化膜4’が成長し、オーバーハング15はなくなる。」(2頁左上欄18行ないし右上欄1行)と記載されているから、アンダーカット領域を熱酸化によって成長形成させた酸化物によって充填することが、引用例に記載されていることは明白である。

(ⅲ)第2図(a)に示される状態から熱酸化によってY/2の厚さの酸化膜4’を形成した場合には、アンダーカット15が酸化膜によって充填されることはなく、未だにアンダーカット15が残存しているはずであるのに、第2図(b)には充填された状態が示されており、引用例記載の発明が熱酸化方法を前提としたものであるとはいえないとの点については、引用例の「ゲート酸化膜4部分ではシリコン基板1と配線7の両方からほぼ同一速度で成長し、Y/2以上の酸化膜4’が成長し、オーバーハング15はなくなる。」との記載は、その記載からみて、シリコン基板1と配線7の表面から外側に向かって成長する酸化膜であり、内部に向かって成長する酸化膜ではない。とすると、Y/2は外側に向かって成長した酸化膜の厚さと考えるのが妥当であり、(ⅲ)に関する上記原告の主張は、Y/2が熱酸化により成長した酸化膜全体の厚さと誤解した結果に基づくものである。

ロ.このように、引用例記載の発明は、本願発明の工程(e)を有し、ゲート端部下側のアンダーカット領域を熱酸化により成長形成させた酸化物で完全に充填している。

また、引用例記載の発明が、アンダーカットの深さが酸化物絶縁層の厚さ以上であるという事項を除いて、本願発明の工程(a)~(d)を有することは、原告も認めているところであるから、審決が、本願発明と引用例記載の発明がアンダーカットの深さが酸化物絶縁層の厚さ以上であるという事項を除いて、一致しているとした判断は正当なものであり、この点に関し、審決に誤りはない。

したがって、原告が引用例記載の発明の技術内容の誤認として主張する点は、いずれも理由がなく、カニンガム氏の見解(甲第4号証、第8号証)も独自のものであって、上記した理由から妥当ではない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

イ.アンダーカットについての判断の誤りについて

ポリシリコン層をマスクとして酸化物絶縁層の一部を選択的にエッチングする場合に、その部分の酸化物絶縁層を完全に除去しようと心掛けることは、エッチングが完全でなく、酸化物絶縁層の一部が残存すると、その部分に不純物が拡散されず、拡散領域の形成が不完全になることから、当然の技術的配慮であり、そのために、過剰エッチングを行うことは、これまた当然のことである。

しかも、このような配慮は、すでに引用例に示唆されており、引用例には、「第2図(a)に示すようにゲート酸化膜4およびフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7のオーバーハング15、16のサイドエッチング量Xはほとんど同じであるが、深さ方向はゲート酸化膜4の部分ではシリコン基板1が食刻に対するストッパーとなり、ゲート酸化膜厚Y以上に食刻されないが、フィールド酸化膜2は、ゲート酸化膜厚より厚くZまで食刻される。」(2頁左上欄10行ないし17行)と記載されており、このことは、ポリシリコン層をマスクとして行われる酸化物絶縁層のエッチングが、引用例記載の発明においても過剰に行われていることを明瞭に示している。

そして、過剰にエッチングを行えば、アンダーカットの深さが酸化物絶縁層の厚さ以上になることは、自明のことである。すなわち、ポリシリコン層下の酸化物絶縁層の横方向エッチングは、一般に、ポリシリコン層が被覆されていない酸化物絶縁層のエッチング(横方向エッチング)と同程度の速さで進行するものであるから(乙第4号証、1頁右下欄18行ないし2頁左上欄3行、乙第5号証、1頁右下欄19行ないし2頁左上欄4行参照)、過剰にエッチングを行えば、アンダーカットの深さが酸化物絶縁層の厚さ以上になるのである。

したがって、審決の認定にかかる相違点における本願発明の構成は、当然の技術的配慮を単に明示した程度のことであり、そこに格別の創意工夫が存するものとはいえない。

ロ.目的の看過について

原告は、本願発明と引用例記載の発明とでは、その目的が全く異なっており、審決は、本願発明の特異な目的を看過している旨主張する。

ところで、本願発明の目的である「ゲートと基板との間に短絡を発生することのない半導体装置の製造方法を提供する」ことは、ゲート端部下側のアンダーカット領域を熱酸化によって成長形成させた酸化物によって充填すること(本願発明の工程(e)の実施)により得られる作用効果に基づくものであるが、この作用効果は、同一の工程を実施している引用例記載の発明においても必然的に得られているものであるから、それは引用例記載の発明にも自ずと備わっている目的ということができ、何ら特異なものではない。

しかも、原告主張の上記目的は、引用例より容易に見い出し得るものである。

すなわち、ポリシリコンゲートを使用して自己整合的にソース領域及びドレイン領域を形成した後に、CVD法によってシリコン酸化膜を被着させた場合には、ポリシリコンゲートのアンダーカット領域が完全に充填されることがなく、そのために、ポリシリコンゲートの端部において、ゲートと基板との間に短絡が生じ、時として装置を故障させていたことは、当該分野において、すでに周知の事項である。

このことは、乙第1号証(昭和48年特許出願公開第49382号公報)の、「また、上記した従来の製造方法によればソース、ドレイン各領域形成後にCVD方法により形成される酸化膜と最初の熱酸化により形成されたゲート酸化膜2側面との間に空隙を生じてこれが絶縁不良の原因となり、」(2頁左上欄11行ないし15行)の記載、及び、乙第2号証(昭和49年特許出願公開第66074号公報)の、「このような「ピサシ」(同図4b)の下には、後工程のCVDプロセス(気相化学反応)によるSiO2層8を十分に形成することが難しく、また汚れもここに集中しやすい。さらに、ヒサシ4bには先端が鋭角であるために、この部分に電界集中を起し易く、外部からのわずかな衝撃等によって折損し易く、これがまた短絡の原因となる。」(2頁左上欄4行ないし11行)の記載からも明らかである。

そして、上記故障は、アンダーカット領域を酸化物により完全に充填することにより解消でき、また、引用例記載の発明がアンダーカット領域を酸化物により完全に充填するための方法であることを考慮すると、原告主張の上記目的は、引用例記載の発明及び上記周知事項より容易に見い出し得たものであり、何ら特異なものではなく、審決はそれを十分に考慮した上でのものである。

(3)取消事由3(作用効果の看過)について

次に、原告の主張する本願発明の作用効果(ⅰ)~(ⅲ)は、工程(e)を実施し、ゲート端部下側のアンダーカット領域を熱酸化により成長形成させた酸化物で完全に充填したことにより得られるものであるが、同一の工程を実施している引用例記載の発明も当然に有しているもので、何ら格別な作用効果ではない。しかも、これらの作用効果は、上記目的について述べたように、引用例記載の発明及び上記周知事項より容易に予測し得たものである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第5号証の1、2(願書及び同添付の図面)、第6号証(平成3年2月27日付け手続補正書、以下「手続補正書(1)」という。)、第9号証(平成3年9月19日付け手続補正書、以下「手続補正書(2)」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  この発明は、一般に半導体装置、詳しくは電界効果素子たとえばランダムアクセスメモリー(RAM)(随時書込み呼出し記憶素子)集積回路に使用するための電界効果トランジスタ(FET)及びメモリーセルに関するものである。(手続補正書(1)添付の明細書2頁15行ないし19行)

(2)  半導体チップ上での単位面積当たりの素子数に制限がある従来技術による方法の1つは、下層をエッチングするマスクとして被着酸化物を使用することであった。被着酸化物は凹凸形状をして、その厚さが不均一となる傾向があり、このことは正確なマスクを形成するのを阻害し、それによって公差に悪影響を与えるとともに、素子の密度を限定した。

また、従来技術上の問題は、基板に拡散用窓を開けることに付随する、多結晶シリコンゲート層の下の酸化物層の横方向エッチングであった。そのようなゲート層の酸化物アンダーカットは、ゲート層と基板との間の短絡によって装置を故障させることがあり、このアンダーカット部分を充填するために酸化物を被着する従来方法は信頼できないことがわかった。

さらに、安定化層を使用して半導体装置中に接点窓を開けることの付随する、安定化層酸化物についての大きい横方向エッチングにおいて、過剰なエッチングのため、チップの単位面積当たりの素子密度が悪影響を受けることが明らかであり、この問題を実質的に除去した製造工程を提供する必要がある。(同3頁14行ないし6頁3行)

(3)  本願発明は、これらの従来技術における欠点を改良し、要旨記載の構成(手続補正書(2)添付の明細書1頁2行ないし2頁7行)を採用した。(手続補正書(1)添付の明細書4頁1行ないし4行)

(4)  本願発明は、高素子密度の集積回路を製造するのに有利に適用することのできる一連の製造工程によって種々のタイプの電界効果素子を同時に製造することができる半導体装置の製造方法を開示する。(同6頁4行ないし8行)

そして、上記構成を採用したことにより、この発明の1つの重要な特色は、基板内に活性部分を定め、基板表面の損傷をなくすのに充分な厚さまで活性部分に薄い酸化物層を成長させ、そして、この薄い酸化物層を除去して活性部分内のクリーンな基板表面を作ることを含む、半導体装置の基板表面の形成方法が開示されていることであり、他の重要な特色は、半導体基板上の正確な位置に正確なパターンで多結晶シリコンの層を形成する方法が開示されていることである。(同6頁13行ないし7頁2行)

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

イ.本願発明の工程(e)は、「(e)上記半導体基板を酸化性雰囲気に露出させて上記ポリシリコン層の周辺縁と横方向アンダーカット領域に隣接する上記露出された半導体基板の表面部分の両方を酸化し、基板酸化物成分及び周辺縁ポリシリコン層酸化物成分が酸化性雰囲気に応じて拡張しかつ成長するとき、上記横方向アンダーカット領域が上記両酸化物成分で充填される工程」であることは、当事者間に争いがなく、この工程は、その記載内容に照らし、酸化性雰囲気中で、半導体基板の表面部分及びポリシリコン層の周辺縁を拡張成長させ、酸化物成分を形成し、横方向アンダーカット領域を酸化物成分で充填するものと認められる。

一方、引用例に審決の理由の要点(2)の技術事項が開示されていることは当事者間に争いがなく、さらに、成立に争いのない甲第7号証(昭和51年特許出願公開第118392号公報)によれば、引用例には、従来の電界効果型半導体装置の製造方法において、第1図に示される工程(f)の後に、「しかる後、基板と反対導電型不純物層を形成しソース、ドレイン領域8、9とする。熱酸化法および、CVD法により二酸化硅素膜10を形成した後、」(1頁右下欄14行ないし17行)と記載され、さらに、このような二酸化硅素膜形成では、工程(g)に示されるような欠点(たとえば導体金属層14は17の部分で断線を生じる)があるとし、それを説明するために、第2図について、「第2図(a)に示すようにゲート酸化膜4およびフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7のオーバーハング15、16のサイドエッチング量Xはほとんど同じであるが、深さ方向はゲート酸化膜4の部分ではシリコン基板1が食刻に対するストッパーとなり、ゲート酸化膜厚Y以上に食刻されないが、フィールド酸化膜2は、ゲート酸化膜厚より厚くZまで食刻される。その後熱酸化した状態を第2図(b)に示す。ゲート酸化膜4部分ではシリコン基板1と配線7の両方からほぼ同一速度で成長し、Y/2以上の酸化膜4’が成長し、オーバーハング15はなくなる。しかし、フィールド酸化膜2上に成する酸化膜2’の成長速度は遅いので、いぜんとして、オーバーハング16’は存在し、かつ、段差tはゲート酸化膜2上での段差より大きくなる。さらにCVD法で二酸化硅素膜を形成後もこの段差は縮少されない。」(2頁左上欄10行ないし右上欄6行)と記載されていることが認められる。

そこで、上記引用例の第2図(b)に示される二酸化硅素膜の形成が、熱酸化法のみによるものか、熱酸化法及びCVD法によるものかについて検討する。

まず、第2図(b)に関連する第1図(g)に示される工程は、上記記載からみて熱酸化法及びCVD法によって行われるものと認められるが、この記載からは、熱酸化法及びCVD法がどのような過程で行われるのか明らかではない。

しかしながら、第2図(b)に示されるものは、原告も指摘するように、熱酸化法によるものとして考えた場合不合理な面はあるものの、上記引用例の記載からすると、

(ⅰ)第2図(b)に示されるものが熱酸化によって 二酸化硅素膜が形成されると明示されていること、

(ⅱ)上記「さらにCVD法で二酸化硅素膜を形成後もこの段差は縮少されない。」との記載によれば、第2図(b)の熱酸化の工程の後にCVD法の工程が行われると認められること、

(ⅲ)図面上からも、第2図(b)は第1図(g)に示される工程の一部を示すものであって、第2図(b)において、フィールド酸化膜2上に形成される酸化膜2’が酸化膜4’よりも薄く書かれていることをみると、CVD法ではこのようには形成されず、熱酸化法によっていると考えざるを得ないから、第1図(g)のものが熱酸化法及びCVD法によって行われるものであるとしても、第2図(b)のものにはCVD法の工程を含まないと考えることができ、

これらのことを勘案すると、第2図(b)に示される二酸化硅素膜の形成は熱酸化法によるものというべきである。

ロ.原告は、引用例の第2図(b)に示される二酸化硅素膜の形成は、

(ⅰ)第2図(a)のものを熱酸化すれば、基板1と配線7(多結晶硅素膜5)の表面の外側と内側にほぼ同じ厚さの二酸化硅素膜が形成されるはずであるにもかかわらず、第2図(b)には、そのように表されていない、

(ⅱ)熱酸化法では、基板1及び配線7の両方からY/2以上の酸化膜4を成長させても、オーバーハング15を酸化膜で埋めることはできず、むしろ、CVD法による被着形成と考えられる、

したがって、引用例の記載は矛盾しており、第2図(b)に示される二酸化硅素膜の形成は熱酸化法ではなくてCVD法によるものである旨主張する。

しかしながら、以下の理由により、これらの原告の主張は、採用することができない。すなわち、

(ⅰ)確かに、原告の主張するように、第2図(a)のものを熱酸化すれば、基板1と配線7(多結晶硅素膜5)の表面の外側と内側にほぼ同じ厚さの二酸化硅素膜が形成されるはずであるにもかかわらず、第2図(b)には、基板1と配線7(多結晶硅素膜5)の表面近くの内側部分が消費されて酸化膜の厚さの半分に変換された状態が示されておらず、第2図(b)のものは、二酸化硅素膜の形成を熱酸化法によるものであるとすることには、不合理な面があることは否定できない。

しかしながら、特許願書に添付される図面は、明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された発明の構成を理解し易くするために補完的に用いられる概略図であって、設計図のような詳細かつ精密なものであることを要しないから、上記のようなことは、引用例に限らず、当該出願にとってそれ程重要でない点については、図面において簡略化される場合もあることは当裁判所に顕著な事実であり、引用例の第2図(a)(b)の図示をもって熱酸化法によらないとすることはできない。このことは、本願明細書と図面との関係からみてもいえることであり、たとえば、前掲甲第5号証の2によれば、本願明細書においても、Fig20に示されるポリシリコン層68の横幅も、熱酸化されるとFig23の実線92で示される位置まで酸化されるにもかかわらず、Fig22のポリシリコン層68の横幅と変わらない状態で示されており、また、熱酸化されたFig23においては、酸化物層96がN+拡散領域90内の頂面14の表面近くの内側部分にもあるにもかかわらず、Fig22においては、酸化物層96がそのように表されていないことが認められる。

このようなことから、引用例においても、問題としているオーバーハング15が形成される点に直接に関わらない点については簡略化し、基板1と配線7の表面近くの内側部分に形成される酸化膜の形成の記載を省略したとも考えられるから、第2図(b)は、熱酸化によるものとしては記載に不合理な点はあるものの、そのことから直ちに熱酸化法によるものでないと断定することもできない。

(ⅱ)このように、熱酸化法によるものであるとしても、基板1と配線7の表面近くの内側部分に形成される酸化膜の記載が省略される場合もあり得ることを考慮すると、当業者が発明の詳細な説明の記載内容を補完するものとして第2図(a)(b)をみた場合、熱酸化によって、基板1及び配線7の両方のもとの表面からY/2以上の酸化膜4を成長させることを理解できないことはない。

以上を勘案すると、引用例の図面を明細書の記載を含めて全体として判断するなら、第2図(b)における二酸化硅素膜の形成は、熱酸化法によるものと考えることができるというべきである。

成立に争いのない甲第4号証、第8号証(カニンガム作成の宣誓書、補充宣誓書)には原告の主張に沿う記載が認められるが、これをもって上記認定判断を左右することはできない。

ハ.したがって、審決が、本願発明は、その工程(e)において、引用例記載の発明と一致すると認定した点に誤りは認められず、原告の主張は、採用することができない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

イ.アンダーカットについての判断の誤りについて

本願発明の、アンダーカットの深さを酸化物絶縁層の厚さ以上とすることについて、前掲甲第6号証によれば、本願明細書には、「第20図の構造では頂面14の下約15,000オングストロームの深さまで基板12中にN+領域86、88および90を作る際の拡散マスクとして働く。」(手続補正書(1)20頁11行ないし14行)、「拡散を実施すべき頂面14上に熱酸化物が確実に残らないようにするために、いくらか過剰なエッチングを行ってかなりの量の横方向エッチングまたはアンダーカッティングを行うことが一般に実施されているが、これは区域84において諸問題の原因となりうる。エッチングの継続を正確に制御するとアンダーカッティングの量が最少になるが、これは第20図に示されているように、少量のポリオキサイド部分62および64をポリシリコン層66および68上に残すことになる。どの場合にも、N型のドープ剤を拡散させるためには、エッチングの継続時間はポリシリコン層74からかつN+拡散領域86、88および90上の頂面14部分から全ての酸化物を除去するのに充分に長くなくてはならない。」(同21頁2行ないし16行)、「第21図の拡大図は、典型的なアンダーカット区域84例えばポリシリコン層68の下の区域を詳細に示しており、ここでは熱酸化物層52はポリシリコン層68の周辺縁92からある距離まで横方向にエッチングされておりそしてこの距離は典型的には熱酸化物層52の厚さよりもいくらかより大きい。」(同21頁17行ないし22頁3行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、本願発明の過剰エッチングは、拡散領域86、88および90上の頂面14部分からすべての酸化物を確実に除去するために、アンダーカットの深さを酸化物絶縁層の厚さ以上としたものにすぎず、このことは、原告も認めるように従来から公知のことであって、それを単に製造工程の要件として取り入れたものにすぎないということができる。

したがって、本願発明のように構成することに格別の困難が伴うものと認めることはできない。

また、引用例のサイドエッチングについての記載をみても、前示(1)イ.認定のように、「第2図(a)に示すようにゲート酸化膜4およびフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7のオーバーハング15、16のサイドエッチング量Xはほとんど同じであるが、深さ方向はゲート酸化膜4の部分ではシリコン基板1が食刻に対するストッパーとなり、ゲート酸化膜厚Y以上に食刻されないが、フィールド酸化膜2は、ゲート酸化膜厚より厚くZまで食刻される。」と記載されており、公知例をみても、成立に争いのない乙第4号証(昭和48年特許出願公開第71889号公報)によれば、名称を「絶縁ゲート半導体装置の製造法」とする発明において、「従来の製造法では、多結晶シリコンをマスクにして絶縁膜をエッチングする際、絶縁膜の横方向へのサイドエッチが起るので、ゲート絶縁膜の厚さとほぼ同じ分だけ多結晶シリコンのゲート電極より内側にオーバーエッチされてしまう。」(1頁右下欄18行ないし2頁左上欄3行)と記載されていることが認められ、これらの記載からすると、引用例記載の発明においても、エッチング量Zとサイドエッチング量Xとはほぼ同量と考えられるから、エッチング量Zがゲート酸化膜厚Y以上にエッチングされている以上、サイドエッチング量Xがゲート酸化膜Y以上に過剰エッチングされていると認められる。

したがって、いずれにしても、本願発明において、過剰エッチングを行ってアンダーカットの深さを酸化物絶縁層の厚さ以上とすることに格別の困難を伴うものでなく、この点について審決の判断に誤りはない。

原告は、過剰エッチングが公知であったとしても、従来欠点とされていた過剰エッチングを本願発明の構成要件の一要素として取り込むことは、当業者が容易に想到し得ないと主張する。

しかしながら、従来から過剰エッチングに問題があったとしても、本願発明の過剰エッチングは、前示のように、拡散領域86、88および90の上の頂面14からすべての酸化物を確実に除去するためのものにすぎず、そのようなことは、原告も認めるように従来から公知のことであって、本願発明においてアンダーカットの深さを酸化物絶縁層の厚さ以上とすることも、単にそのための要件にすぎないものと認められるから、このことを本願発明の要件とすることに格別の困難を伴うとは認められない。

前掲甲第4号証、第8号証も、上記認定を左右するものではない。

ロ.目的の看過について

前掲甲第6号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)の1つとして、「この発明によって解決される従来技術の面倒な問題は、基板に拡散用窓を開けることに付随する、多結晶シリコンゲート層の下の酸化物層の横方向エッチングである。そのようなゲート層の酸化物アンダーカットは、ゲート層と基板との間の短絡によって装置を故障させることがある。このアンダーカット部分を充填するために酸化物を被着する従来方法は信頼できないことがわかった。」(4頁3行ないし11行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本願発明は、多結晶シリコンゲート層と基板との間の短絡によって装置が故障しないように、アンダーカット部分を酸化物で充填することを技術的課題(目的)の1つとしてしていることが認められる。

一方、引用例には、前掲甲第7号証によれば、「しかるに、かかる製造法においては、ゲート酸化膜4を多結晶硅素膜5をマスクとして食刻する際にフィールド酸化膜2も同時に食刻されるのでフィールド酸化膜2上の多結晶硅素膜よりなる配線7の直下は第1図(f)に示すようにオーバーハング15、16の状態になる。」(2頁左上欄1行ないし6行)と記載されているように、基板1と配線7あるいはゲート電極6との間にオーバーハングが発生していることは明らかである。

そして、成立に争いのない乙第3号証(昭和50年特許出願公開第66182号公報)によれば、名称を「MIS構造体の製造方法」とする発明について、その明細書に、「残つた多結晶SiをマスクとしてゲートSiO2膜をエツチングするが、そのときゲートSiO2膜にサイドエツチングを生じやすく、その結果多結晶Si層がゲートSiO2膜の左右にヒサシ状に突出する。そしてこの後の工程で全面にCVD(Chemical Vapor Deposition)によるSiO2を沈着して絶縁保護膜を形成し、この絶縁保護膜に窓開して電極を取出す。これらのことから、(1)組織のち密性に欠ける前記CVD・SiO2は前記ヒサシ状の多結晶Si層の下には完全に形成されにくく、空隙を生じ易く、したがつて、汚れ等も集まり易い、(2)ヒサシ状多結晶Si層のヒサシの先端には鋭角のためにそこの電界集中が起り易い、(3)機械的衝撃等により多結晶Siの先端が破損し、ヒサシの下に埋没して短絡の原因となる等の理由により前記ヒサシ状多結晶SiとSi基板との間でゲートSiO2の破壊電圧以下でゲート破壊を生じるのである。」(1頁右下欄10行ないし2頁7行)と記載されていることが認められ、この時点で、本願発明と同様のことが技術的課題となっていたわけであり、上記引用例における基板1と配線7またはゲート電極6との間のオーバーハングを酸化膜で充填する際、上記乙第3号証に示されているような問題が提起されていたことは充分に考えられることである。

したがって、引用例記載の発明も本願発明と同様の目的を有していたものと考えられるから、審決が両発明の目的の異同について検討を怠ったため相違点の判断を誤ったものとすることはできない。

(3)  取消事由3(作用効果の看過)について

次に、作用効果について、本願発明は、熱酸化法を採ることにより、原告が主張するような種々の作用効果を奏するものと認められるが、これまでに認定したように、引用例記載の発明も第2図(b)で示すように、熱酸化法によって基板1と配線7またはゲート電極6との間に発生するオーバーハングを酸化膜で充填するものであるから、本願発明と同様の作用効果を奏するものと推認される。

したがって、審決が、本願発明の作用効果を看過して進歩性の判断を誤ったということはできない。

(4)  以上のとおりであって、原告主張の審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法は存しない。

第3  よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担および附加期間の定めにつき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

図面の簡単な説明

第1図~第20図はこの発明の半導体装置の一部をその種々の製造工程において示す断面図である。

第21図は第20図の代表的な部分の拡大図である。

第22図は次の製造工程を示す断面図である。

第23図は第22図の代表的な部分の拡大図である。

第24図および第25図は後続の製造工程を示す断面図である。

第26図は第25図の代表的な部分の拡大図である。

第27図は後続の製造工程を示す断面図である。

第28図は第27図の代表的な部分の拡大図である。

第29図は第28図と同様な拡大図である。

そして、第30図は最終の製造工程を示す断面図である。

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

別紙図面2

図面の簡単な説明

第1図(a)~(g)は従来のMOSトランジスタの作成例を説明するための工程断面図、第2図(a)は第1図(b)の工程の要部拡大断面図、同(b)は同(a)において酸化膜を形成した状態の断面図、第3図は第1図(g)の要部拡大断面図、第4図(a)~(g)は本発明の一実施例にかかるMOS形半導体装置の製造工程断面図である。

21……P形半導体基板、22……二酸化硅素膜、23……窒化硅素膜、25……ゲート酸化膜、26……多結晶硅素膜、27、28……ゲート電極、配線、30、31……ソース、ドレイン領域、32……二酸化硅素膜、32、33、34……ソース、ゲート、ドレイン配線、35……金属配線。

<省略>

<省略>

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